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3番 松前城(北海道) [日本100名城めぐり]

江戸時代初期、蠣崎氏が蝦夷地の福山に福山館を築きました。
この蠣崎氏は、江戸時代の間に松前氏と改姓しました。

幕末に、蝦夷地にロシア船が出没するようになると、その防備のため、幕府は12代松前藩主・崇広に命じて、福山館改築を命じました。
石垣、天守や、本丸御門なども建造され、松前城と呼ばれるようになりました。
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明治に入って、戊辰戦争の最後、箱館戦争の時に、榎本武明が五稜郭を占拠した後、土方歳三が700名ほどの軍勢で松前城を攻めました。
松前城は外国船に備えるため海側の防備を固めていましたが、その分背面が手薄でした。
そのため、土方によって簡単に攻め落とされてしまいました。
しかしやがて榎本も降伏し、松前城は再び松前氏のものとなり、その後明治政府の所有となりました。
そして、天守など一部の建造物を除いて多くの建物が破却されました。

昭和24年には、失火により天守が焼け落ちてしまいました。
昭和36年には鉄筋コンクリート造りで天守が再建されました。
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この天守入口に100名城のスタンプがあります。

100名城制覇まで残り10城

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